大阪高等裁判所 平成7年(ネ)2280号 判決 1996年10月08日
主文
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人は、控訴人に対し、金四六〇万円及びこれに対する平成五年四月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
四 この判決の主文二項は、仮に執行することができる。
理由
【事実及び理由】
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
主文と同旨
二 被控訴人
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二 事案の概要
本件は、所有権留保付売買契約に基づく自動車購入者が、右自動車を譲渡担保として、被控訴人から金員を借り受けたが、これを期限に返済しなかったため、被控訴人が右自動車を売却し、貸付金の回収をしたところ、右自動車の購入代金を立替払いした業者に対し、委託に基づく連帯保証人として右立替金を弁済した控訴人が、被控訴人の右行為によって立替払業者が有していた右自動車に対して有していた所有権もしくは担保権が侵害され、右価格相当の損害を被ったもので、控訴人は右弁済により、右損害賠償請求を代位し、あるいは譲渡を受けたとして、控訴人が被控訴人に対し、その損害賠償を求めた事案である。
一 争点判断の前提となる事実
1 控訴人は信用保証等を業とするもの、被控訴人は「近畿相互ファイナンス」の屋号で金融業を業とするものである。(当事者間に争いがない)
2 株式会社タナカユキ(以下「タナカユキ」という。)、一橋照一(以下「一橋」という。)、ビー・エム・ダブリュー・ジャパン・ファイナンス株式会社(以下「ビー・エム・ダブリュー」という。)及び控訴人とは、平成三年七月三〇日、タナカユキ所有にかかる左記自動車一台(以下「本件自動車」という。)について、左記のとおり、売買契約、立替払委託契約、保証委託契約をそれぞれ締結した。
(一) 売買契約(以下「本件売買契約」という。)
(1) 売主 タナカユキ
(2) 買主 一橋
(3) 商品 自動車一台
車名 BMW五三五、九一年式
形式 E-H三五
登録番号 《略》
(4) 代金 八一五万六五〇〇円
(5) 支払方法 買い主が契約時に頭金三一五万六五〇〇円を支払い、残金五〇〇万円は、ビー・エム・ダブリューが、左記(二)の立替払委託契約に基づき、買い主に代わり立替払いする。
(二) 立替払委託契約(以下「本件立替払契約」という。)
(1) 委託者 一橋
(2) 受託者 ビー・エム・ダブリュー
(3) 立替払金 五〇〇万円
(4) 返済方法 右立替金に分割手数料九六万一〇〇〇円を加算した五九六万一〇〇〇円を、平成三年八月から平成七年七月まで毎月一二万四一〇〇円宛分割して弁済する(初回は一二万八三〇〇円)。
(5) 連帯保証 控訴人は、一橋の委託により、一橋がビー・エム・ダブリューに対して負う右立替払金の弁済債務について連帯保証する。
(6) 所有権留保
<1> 本件自動車の所有権は、本件立替払契約が成立したときにビー・エム・ダブリューに移転し、一橋のビー・エム・ダブリューに対する本件立替払契約上の債務が消滅するまでビー・エム・ダブリューに留保される。ただし、この間の所有者登録名義は、ビー・エム・ダブリューのためにタナカユキ名義で代理登録されることに一橋は異議がないものとする。
<2> 控訴人が保証債務の全部を履行して、ビー・エム・ダブリューに代位弁済した場合、本件自動車の所有権は、ビー・エム・ダブリューから控訴人に移転し、一橋の控訴人に対する求償債務が消滅するまで控訴人に留保される。この場合、本件自動車の所有名義をタナカユキから控訴人に移転させることに一橋は異議がないものとする。
<3> 一橋は、ビー・エム・ダブリューまたは控訴人に所有権が留保されている間、善良な管理者の注意を持って本件自動車を管理し、本件自動車の質入れ、譲渡、賃貸その他所有権の侵害する行為をしないものとする。
(7) 期限の利益の喪失特約 一橋が破産宣告の申立てをしたとき、同人は期限の利益を失う。
(三) 保証委託契約(以下「本件保証委託契約」という。)
(1) 委託者 一橋
(2) 受託者 控訴人
(3) 委託する保証の内容 前記(二)(5)のとおり
(四) 右(一)ないし(三)の契約の成立時期
(1) 本件立替払契約は、控訴人が本件保証委託契約を承諾したことをビー・エム・ダブリューが確認の上、ビー・エム・ダブリューが本件立替払契約を承諾し、タナカユキに通知したときに成立する。
(2) 本件売買契約は、タナカユキが一橋に代わってビー・エム・ダブリューに立替払契約の申し込みをした時に成立するが、その効力は、本件立替払契約が成立した時から発生する。本件立替払契約が不成立になった場合は、本件売買契約も本件立替払契約の申込時に遡って成立しなかったものとする。
3 ビー・エム・ダブリューは、平成三年八月三日、本件立替払契約に基づき、タナカユキに対し、五〇〇万円を支払った。
4 一橋は、大阪地方裁判所堺支部に破産宣告の申立をし、同裁判所は、平成四年五月二八日、一橋に対し、破産宣告の決定をなした。
5 控訴人は、平成四年七月二七日、本件保証委託契約に基づき、一橋に代わり、ビー・エム・ダブリューに対し、一橋のビー・エム・ダブリューに対する債務である五二一万二二〇〇円を弁済した。
6 被控訴人は、平成四年一月一四日、一橋に対し二一〇万円を貸渡し(以下「本件貸金」という。)、一橋から、譲渡担保として本件自動車の提供を受け、一橋との間で、同年四月一四日の返済猶予期限までに、一橋が右貸金の返済をなさないときは、被控訴人が本件自動車を自由に処分することができる旨合意した。
被控訴人は、一橋が右期限内に右貸金の返済をなさなかったので、同年四月一四日頃、盛慎一郎(以下「盛」という。)に二一〇万円で売渡し、本件自動車を引渡し、一橋が差し入れた書類一切を盛に渡し(以下「本件処分」という。)、本件貸金の返済に充てた。
7 本件自動車の平成四年三月当時の価格は四六〇万円が相当であった。
二 争点
本件の主要な争点は、被控訴人は、本件処分によって、本件自動車の所有権または担保権を侵害し、右自動車価格相当の損害を与えたものとして、控訴人に対し、右損害賠償責任を負うか否かであり、この点に関する当事者双方の主張は次のとおりである。
1 控訴人の主張
(一)(1) 前記一2のとおりの本件売買契約、本件立替払契約、本件保証委託契約により、タナカユキは一橋に対し、所有権を留保して本件自動車を売渡し、ビー・エム・ダブリューから本件立替金の支払を受けることによって、本件立替払契約により、ビー・エム・ダブリューに対し、右のとおり留保した所有権を移転し、ビー・エム・ダブリューは本件自動車の所有権を取得した。
(2) 被控訴人は、本件処分により、ビー・エム・ダブリューに対し、本件自動車の価格相当の損害を被らせた。
(二) 仮に、本件自動車の所有権が、本件売買により、タナカユキから一橋に移転しており、タナカユキの登録上の所有名義は売買残代金の支払請求権を担保にするためになされているにすぎず、タナカユキの所有権を表象するものではないとしても、被控訴人はタナカユキが右担保権を有していることを知りながら、本件自動車を一橋から取得し、もって、右担保権を無価値ならしめたのであるから、これによる損害賠償責任を負う。
(三) 控訴人は、平成四年七月二七日、本件保証委託契約に基づき、一橋に代わり、ビー・エム・ダブリューに対し、一橋のビー・エム・ダブリューに対する債務である五二一万二二〇〇円を弁済したので、民法五〇〇条にしたがい、ビー・エム・ダブリューが被控訴人に対して有する所有権または担保権侵害による損害賠償請求権を取得した。
仮に、右法定代位が認められないとしても、ビー・エム・ダブリューは、平成四年七月二七日、右損害賠償請求権を控訴人に譲渡し、平成七年三月三一日、被控訴人に対しその旨通知した。
2 被控訴人の主張
(一) ビー・エム・ダブリューは、一橋の支払うべき売買代金の一部を一橋に代わってタナカユキに支払ったものであって、一橋の一債権者にすぎず、本件自動車の所有権を取得したものではなく、代払いによる担保的権利を取得したにすぎず、一橋がその債務を履行しない場合、本件自動車の引渡を求め、その引渡により、自己の債権の回収を図るだけのものである。
また、控訴人は、ビー・エム・ダブリューが取得した権利以上のものを本件自動車に対して有するものではなく、また、同人自身が代払いした債権者にすぎない上、控訴人が代払いにより、本件自動車に対し担保的権利を取得した平成四年七月二七日には、本件自動車は被控訴人の手を離れ、第三者のところに行っていたのであるから、被控訴人は控訴人の権利を侵害したとはいえず、控訴人は右当時における本件自動車の持ち主に自己の権利を主張すべきである。
なお、ビー・エム・ダブリューないし控訴人が被控訴人に対し本件自動車の所有権を主張するためには、本件自動車登録証に所有者として登録されていなければならないところ、ビー・エム・ダブリュー及び控訴人にはこれがなされていないから、被控訴人に対しその旨の主張をすることができない。
(二) 一橋は、本件売買契約により、本件自動車の所有権を実質的に取得し、使用占有していたものであって、これを担保に金員を借り受ける権利ないし権限を有していた。
被控訴人は、一橋の右権利ないし権限を信じて(かつ、これを信ずるにつき過失がなかった。)、一橋に本件貸付をなし、本件譲渡担保の設定を受け、一橋が本件貸付金の返済をしなかったので、一橋との約定により、本件処分をし、その代金を本件貸付金の返済に充当したのであるから、控訴人に対し、損害賠償責任を負うものではない。
第三 争点に対する判断
一 本件自動車の所有権の帰属について
1 前記第二の一2掲記にかかる本件売買契約、本件立替払契約及び本件保証委託契約の各内容及び各契約の成立時期及び《証拠略》を総合すれば、タナカユキ、一橋、ビー・エム・ダブリュー及び控訴人との間の約定により、本件自動車の所有権は、本件売買契約により、売り主であるタナカユキから一橋に移転されずに、タナカユキに留保され、本件立替払契約に基づく一橋のビー・エム・ダブリューに対する立替金の支払を担保することを目的として、本件立替払契約により、平成三年八月三日にタナカユキからビー・エム・ダブリューに移転し、本件保証委託契約に基づく一橋の控訴人に対する求償債務の履行を担保することを目的として、本件保証委託契約により、平成四年七月二七日にビー・エム・ダブリューから控訴人に移転したものと認めるのが相当である。
2 被控訴人は、本件自動車の所有権は買い主である一橋に移転したのであり、本件売買代金の一部を一橋に代わって売り主であるタナカユキに支払ったビー・エム・ダブリュー及びビー・エム・ダブリューに対し本件保証委託契約に基づく保証債務を履行した控訴人は、いずれも、一橋に対する一債権者であって、所有権を取得する法的権利はなく、本件自動車に対して有する権利は、右債権を被担保債権とする担保権以上のものはない旨主張する。しかしながら、右1認定のとおり、一橋、タナカユキ、ビー・エム・ダブリュー及び控訴人は、約定により、ビー・エム・ダブリュー及び控訴人の一橋に対する債権の支払を担保することを目的として、タナカユキからビー・エム・ダブリューに、ビー・エム・ダブリューから控訴人に移転し、右各債務が履行されるまで、ビー・エム・ダブリュー及び控訴人がその所有権を留保していたものであり、かつ実質的には自己の有する金銭債権の担保を目的とするものであっても、その履行がなされるまでの間、債権者において所有権を留保する旨の約定の効力を否定すべき事由が存しないことからして、被控訴人の右主張は採用できない。
被控訴人は、ビー・エム・ダブリューないし控訴人が被控訴人に対し本件自動車の所有権を主張するためには、本件自動車登録証に所有者として登録されていなければならないところ、ビー・エム・ダブリュー及び控訴人にはこれがなされていないから、被控訴人に対しその旨の主張をすることができないことを主張する。しかしながら、本件において、控訴人は、一橋には本件自動車の所有権及びその他処分権限を有しないところ、一橋から本件自動車につき譲渡担保の設定を受け、一橋に対する債権を回収するために、これを第三者に処分した被控訴人の行為が、ビー・エム・ダブリューが有している本件自動車の所有権を侵害したものとして、これによって被ったとする損害の賠償を求めるものであるから、ビー・エム・ダブリュー及び控訴人と被控訴人とはいわゆる対抗問題に立つものではなく、被控訴人に対し本件自動車の所有権を主張するにつき、本件自動車登録証に所有者として登録されていることを要するということはできないから、被控訴人の右主張は失当である。
二 本件譲渡担保の設定について
1 被控訴人は、争点2(二)のとおり、一橋は本件自動車を担保に金員を借り受ける権利もしくは権限を有していた旨主張するところ、一橋が右権利もしくは権限を有していたことについてはこれを認めるに足りる証拠はない(《証拠判断略》)。
2 被控訴人は、一橋は本件自動車を担保に金員を借り受ける権利もしくは権限を有していたものと信じて、一橋から本件上担保の設定を受けたのであり、これにつき被控訴人には過失はなかった旨主張するので、これを検討する。
(一) 《証拠略》によれば、次の事実を認めることができる。
(1) 一橋は、平成三年一一月一八日、本件自動車を担保として、被控訴人から二二〇万円借受けた。その際、一橋は、被控訴人に対し本件自動車の登録事項等通知書を見せ、右通知書では所有者がタナカユキと記載されていることにつき、タナカユキには全額支払いをして、本件自動車は一橋のものであること、所有権関係の書類は近々もらってくる旨話した。一橋は被控訴人に対し、同月二九日、右借受金を全額返済した。
一橋は、平成三年一二月二〇日頃、本件自動車を担保として、被控訴人から二一〇万円を借受け、平成四年一月七日、全額返済した。
一橋は、平成四年一月一四日、本件自動車を担保とし、返済期日を同年四月一四日の約束で、被控訴人から二一〇万円を借受けた。一橋は、その際、被控訴人に対し、本件自動車を譲渡担保として提供し、返済期日に右借受金を返済しない場合には、被控訴人において本件自動車を処分し、その返済に充当してもらいたい旨の念書、一橋の印鑑登録証明書、本件自動車売買のための委任状、自動車損害賠償責任保険証明書写及び譲渡証明書を被控訴人に差し入れた。
一橋は、平成四年二月一四日に支払うべき約定利息の支払をせず、被控訴人において連絡を取ろうとしても取れなかったため、被控訴人は、同年四月一四日の約定返済期日が到来した頃、盛に対し、二一〇万円で、本件自動車を売渡し、右貸金債権の弁済に充当した。
(2) 被控訴人は、「近畿相互ファイナンス」の屋号で、約一二年前から金融業をしており、従業員は被控訴人を除いて四人くらいであり、信用貸しか、担保を取る時は自動車を担保に融資している。
被控訴人は、右(1)のとおり、最初に一橋に金員を貸し渡した際、本件自動車の登録事項等通知書を見て、同通知書には所有者としてタナカユキが記載されていることを知り、一橋にその旨質問したところ、一橋は全額完済した旨答えたのに対し、初対面でそれまで取引のなかった一橋の言い分を信用して、一橋に対し登録名義が一橋となっていないこと等についてそれ以上詳しく事情を聞くこともなく、一橋が急いでいたからとの理由で、登録名義上の所有者であるタナカユキに照会することはなかった。また、右一回目の借受けの際、一橋が被控訴人に対し所有権関係の書類は近々もらってくる旨話したが、これにつき、被控訴人は、一橋が二回目および三回目の融資依頼に来た時には、その点につき、確認することはなかった。
(二) 右(一)認定事実によれば、被控訴人は、金融業者として、自動車を担保に融資することを業としてきたものであるところ、登録名義上タナカユキの所有となっている本件自動車を担保に一橋に融資するにあたり、代金は完済し、自己が所有権を有するとの一橋の言のみを信じたとして、所有者とされているタナカユキに照会する等せず(登録事項等通知書には、タナカユキの住所が記載されている上、被控訴人の営業内容等に照らせば、容易にこれをなし得たものということができる。)、一橋には本件自動車を担保に融資を受ける権利もしくは権限があると信じたとしても、これにつき過失がなかったとはいえないから、この点に関する被控訴人の主張は採用できない。
三 控訴人の被控訴人に対する損害賠償請求権について
1 《証拠略》によれば、本件処分後被控訴人から盛には連絡がつかなくなったこと、本件自動車の所在等は判明しないことを認めることができる。
したがって、ビー・エム・ダブリューは、被控訴人によって、本件自動車の所有権を侵害され、右自動車の有する価格相当の損害(前記第二の一7のとおり、平成四年三月当時で四六〇万円であったもので、本件処分時においても同様の価格であったと推認する。)を被ったから、被控訴人に対し右損害賠償請求権を有するものというべきである。
2 控訴人は、本件保証委託契約に基づき、委託を受けた連帯保証人として、ビー・エム・ダブリューに対し、保証債務を履行したから(前記第二の一5)、民法五〇〇条により、ビー・エム・ダブリューの被控訴人に対して有する右1の損害賠償請求権を代位するものと認めることができる。
第四 結論
以上の次第で、本件自動車の所有権を侵害されたことによる損害として右自動車の価格相当である四六〇万円及びこれに対する右不法行為の後である平成四年四月二七日から右支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める控訴人の被控訴人に対する本件請求は理由があるから、これを認容すべきである。
よって、これと異なる原判決を取り消して、右請求を認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九六条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田畑 豊 裁判官 熊谷絢子 裁判官 神吉正則)